いまやタイを代表するエンターテインメントの一つとなったタイBL(Boys' Love)

毎年数多くの作品が制作され、日本、中国、台湾、韓国、フィリピンなどのアジア地域だけでなく、欧州や中南米にもファンダムが広がっている。

海外でファンミーティングが開催され、タイの俳優が世界的ブランドのイベントに登場し、ドラマをきっかけにタイ語を勉強したり、タイを訪れたりするファンもいる。

では、なぜ世界には数多くの映像コンテンツがある中で、タイのBLドラマがこれほど世界へ広がったのか。

その理由は『2gether』がヒットしたから、だけでは説明できない。

日本から伝わったBL文化、タイ国内で育ったY文化、2010年代の映像産業、YouTube、SNS、ファンダム、そして2020年の新型コロナウイルスによる世界的な生活の変化。

それらが長い時間をかけて重なった結果として、現在のタイBL産業が生まれた。

ルーツの一つは日本のBL文化だった

タイBLの歴史をたどると、その源流の一つは日本に行き着く。

日本で発展した、男性同士の恋愛を描く漫画や小説などのBL文化は、1980年代末から1990年代にかけてタイにも流入していった。

タイでは日本語の「やおい」*¹に由来するY(ワーイ)という呼び方が定着し、BL作品を好むファンは「สาววาย(サーオワーイ)」などと呼ばれるようになる。

つまりドラマが登場するはるか以前から、タイにはすでに男性同士の恋愛物語を楽しむ読者とファンダムが存在していた。

日本から入ってきた文化をそのままコピーしたわけではない。

タイの若者文化、芸能界、大学生活、社会、ジェンダー観などと混ざり合い、少しずつタイ独自のY文化へ変化していった。

そして後には、そのタイで発展したBLドラマが日本へ輸入される。

日本からタイへ伝わったBL文化が、タイ独自の映像文化へ変化し、今度は日本へ戻ってくる。

タイBLは、アジアのポップカルチャーが一方向ではなく循環していることを象徴するジャンルでもある。

2007年『The Love of Siam』が見せた可能性

現在のタイBLシリーズが本格的に誕生する前にも、タイでは同性の恋愛を描いた映画やドラマが制作されていた。

その歴史を語るうえで外せない作品の一つが、2007年公開の映画『รักแห่งสยาม(The Love of Siam)』だ。

MewとTongという少年たちを中心に、友情、家族、喪失、成長、そして同性への恋愛感情を描いた作品で、タイ映画として大きな注目を集めた。

『The Love of Siam』は現在の意味での「タイBLシリーズ」とまったく同じものではない。

しかし、若い男性同士の感情を商業映画の大きな物語として描き、多くの観客へ届けたことから、後のタイBL文化を考える際にも重要な作品として位置づけられている。

後にタイでBLシリーズが急成長すると、『The Love of Siam』もその前史を象徴する作品として改めて語られるようになった。

2014年『Love Sick』――タイBLシリーズの本格的な出発点

大きな転換点が訪れたのは2014年。

『Love Sick: The Series』が放送された。

タイBL研究では、この作品の登場が現在につながるタイのYシリーズ文化の大きな出発点として扱われている。

それ以前のタイドラマでも男性同士の恋愛が描かれることはあったが、『Love Sick』では少年同士の恋愛が作品の中心へ置かれた。

ここで重要なのは、タイにはすでに小説やオンライン文化を通じてY作品を楽しむファンが存在していたことだ。

つまり制作側が何もない場所に突然BLドラマを作ったのではなく、すでに存在していた読者文化を映像産業が取り込んだともいえる。

『Love Sick』以降、タイではYシリーズの制作本数が徐々に増えていく。

『SOTUS』などが海外ファンダムの土台を作る

2016年にはGMMTVから『SOTUS: The Series』が登場した。

大学の先輩・後輩文化を舞台にArthitとKongpobの関係を描いた同作は、タイ国外にもファンを増やしていった代表的な初期作品の一つだ。

その後も『Make It Right』『Together With Me』『Love by Chance』『Theory of Love』『Dark Blue Kiss』など、多様な作品が2010年代後半に登場する。

こうして2020年になる前には、すでにタイ国内に

  • BL小説の原作市場

  • BLドラマを制作する会社

  • 若手俳優を起用する仕組み

  • 作品を追いかけるファンダム

  • SNSによる宣伝文化

  • 海外視聴者

というエコシステム*²が形成され始めていた。

2024年に発表された研究では、2014年の『Love Sick』以降に制作数が増加し、特に2019年ごろから急速に拡大したと分析されている。

つまり、世界的なブームが起きる前に、タイにはブームを受け止められる産業基盤がすでに存在していたのである。

2020年、『2gether』が世界への扉を開いた

そして2020年。

タイBL史最大級の転換点となる作品が登場する。

GMMTV制作の『2gether: The Series』だ。

Bright VachirawitとWin Metawinが演じるSarawatとTineの恋愛を描いた作品は、タイ国外でも爆発的な人気を獲得した。

学術研究でも、『2gether』がYouTubeを通じて世界中で視聴され、2020年にTwitter(現在のX)の世界トレンド1位を記録したことがタイBLの国際的拡大を象徴する出来事として取り上げられている。

日本でもこの時期、SNSを通じてタイBLを勧める投稿が急速に広がった。

やがてタイBLの世界へ深く入り込むことを意味する「タイ沼」という表現まで定着していく。

ただし、ここで一つ注意したい。

『2gether』がタイBLをゼロから世界へ広げたわけではない。

『Love Sick』『SOTUS』などによって積み上げられていた市場に『2gether』という巨大なヒット作が現れたことで、それまでタイBLを知らなかった層まで一気に流入した、と考える方が実態に近い。

コロナ禍とタイBLが重なった2020年

『2gether』の世界的ヒットを語るうえでもう一つ無視できないのが、COVID-19のパンデミックだ。

2020年、世界各地で外出制限や在宅時間の増加が起きた。

映画館、ライブ、旅行など従来の娯楽が制限される一方、NetflixやYouTubeをはじめとするオンライン動画の利用が急速に増えていく。

まさにその時期に『2gether』が配信されていた。

家にいる。スマートフォンがある。SNSがある。

そしてYouTubeを開けば、遠く離れたタイのドラマを見ることができる。

この環境がタイBLにとって強烈な追い風になった。

研究でも、COVID-19による在宅時間の増加とデジタルコンテンツ利用の拡大が、日本を含む海外でタイBLファンダムが急成長した重要な背景として指摘されている。

コロナ禍がタイBLを生んだのではない。

すでに成長していたタイBLを、世界へ一気に広げる加速装置になった。

YouTubeが国境を低くした

タイBLが世界へ広がった最大の要因の一つが、インターネット配信との相性だ。

従来、外国のテレビドラマを見るには、海外の放送局や配給会社が権利を購入し、字幕を制作して、自国で放送・販売する必要があった。

しかしタイBLでは、YouTubeなどを通して海外から作品へ直接アクセスできるケースが増えた。

その後はWeTV、iQIYI、Viuなど国際的な動画配信サービスも重要な流通経路となった。

2026年に発表された研究でも、タイBLの世界的拡大を支えた主要な要素として、XやYouTubeなどのSNSと、iQIYIやViuなどのストリーミングプラットフォームが挙げられている。

作品を海外へ売ってからファンを探すのではなく、世界のファンがインターネット上で直接タイ作品を発見できる環境ができたのである。

ファン自身が「宣伝担当」になった

タイBLの世界的な広がりには、制作会社だけではなくファンも大きな役割を果たした。

Xで作品名やカップル名のハッシュタグを使う。

お気に入りの場面を紹介する。友人に作品を勧める。

ファンアートを制作する。俳優のSNS投稿を翻訳する。国によってはファン字幕を制作する。

こうしたファンダム活動が、新たな視聴者を作品へ連れてきた。

日本のタイBLファンダムを調査した研究でも、SNSで話題になった投稿、ファンによる紹介、友人からの推薦などをきっかけに視聴を始めたケースが確認されている。

つまり、タイBLには

視聴者 → ファン → 発信者 → 新しい視聴者

という循環が生まれた。

莫大な広告費を投入しなくても、一つの作品を好きになったファンが次のファンを連れてくる。

SNS時代との相性が非常に良かったのである。

「作品」ではなく「俳優」まで好きになる仕組み

タイBLのもう一つの大きな特徴が、ドラマを見終わってもファン活動が終わらないことだ。

作品で共演した俳優が、ドラマ終了後もイベント、番組、コンサート、広告、SNS、ライブ配信などで一緒に活動することがある。

いわゆる俳優ペア/カップル文化である。

たとえばKristSingto、OffGun、TayNew、BrightWinなど、作品をきっかけに俳優同士の組み合わせそのものを応援する文化が大きく発達してきた。

この仕組みによってファンの興味は

ドラマを見る → キャラクターを好きになる → 俳優を好きになる → SNSをフォローする → イベントを見る → 次の作品を見る

と連続していく。

2026年の研究では、俳優とファンの継続的な交流によって経済活動を生み出すタイBL産業の特徴を、感情を基盤とした「affective economics」*³の観点から分析している。

一つのドラマを売るだけではなく、俳優、音楽、イベント、広告まで含めて長期的なファンダムを形成する。

これがタイBLを単なるテレビジャンルから一つの巨大なエンターテインメント産業へ成長させた重要な要素だった。

制作本数の多さが、さらに世界のファンを呼んだ

作品数が増えたことも重要だ。

2024年の研究では、2014年から2022年末までに172本のタイBLシリーズ・ミニシリーズが制作されたと集計されている。

さらに2026年の研究では、2014年から2024年までにタイで制作されたBLドラマは少なくとも250作品に達したとしている。

制作会社もGMMTVだけではない。

Domundi、CHANGE2561、Me Mind Y、Be On Cloud、Studio Wabi Sabiなど、さまざまな会社が市場へ参入してきた。

作品が増えればジャンルも増える。

初期に目立った高校・大学を舞台にした青春恋愛だけではなく、社会人、犯罪、サスペンス、ファンタジー、歴史、医療、芸能界など、タイBLが扱う世界は大きく広がった。

その結果、視聴者側も「BLを見る」というより、自分が好きなジャンルのドラマを選ぶことができるようになっていった。

これは市場を一時的なブームで終わらせないために非常に重要だった。

他国では作りにくかった作品をタイが供給した

東アジアにはもともとBLファンが多く存在する。

一方で、国や地域によっては男性同士の恋愛を実写ドラマとして直接描くことが難しい場合もある。

特に中国ではBL・男性同士の親密な表現をめぐる規制があり、大きな需要が存在していても国内作品として自由に制作・流通させることには制約がある。

そのため、海外のBL作品を見る視聴者にとってタイ作品が重要な選択肢となった側面も研究で指摘されている。

日本で生まれたBL文化。

それを受容したタイが実写ドラマとして大規模に産業化し、今度は日本や中国を含む海外へ輸出する。

ここにもタイBL独特の国際的な文化循環がある。

タイ政府が注目したのは「成功した後」

近年ではタイBLをタイのソフトパワー*⁴として語る場面も非常に増えた。

ただし、タイBLが世界で人気になった理由を「タイ政府が国策としてBLを海外へ売り出したから」と説明するのは正確ではない。

BL産業の国際的な人気は、まず民間の制作会社、配信サービス、俳優、そして世界各国のファンダムによって成長した。

その経済的・文化的な影響力が大きくなったことで、後からタイ政府もその価値に注目するようになった、という順番に近い。

現在ではタイ外務省や在外公館もBL・GL俳優を活用したイベントを行っている。

2025年には在シドニー・タイ王国総領事館が『BL & GL Thai Pop Fan Meet』を開催し、BL・GLを入口としてタイ料理、観光、ファッション、タイ語、芸術文化などへ関心を広げることにも言及した。

BLドラマを見る。俳優を好きになる。タイ語を覚える。タイ料理を食べる。バンコクのロケ地を訪れる。

こうしてドラマへの興味が、最終的にはタイという国そのものへの関心へ変化することがある。

民間ファンダムから始まった文化が、現在では国家の文化発信にも利用されるほど大きな存在になったのである。

タイBLが成功した理由は「一つ」ではない

タイBLが世界で有名になった理由を一つだけ選ぶことは難しい。

日本由来のBL文化を受容するファンダムが以前から存在していたこと。

『The Love of Siam』などの作品が男性同士の恋愛を広い観客へ届けていたこと。

2014年の『Love Sick』をきっかけにBLシリーズという市場が形成されたこと。

『SOTUS』などを通じて海外ファンダムが育ったこと。

制作会社が次々と参入し、作品数が増えたこと。

YouTubeやストリーミングサービスによって海外から直接視聴できたこと。

SNSでファン自身が作品を広めたこと。

俳優ペアを中心とする独自のファンダムビジネスを形成したこと。

そして2020年、世界的なパンデミックの中で『2gether』という巨大なヒット作が登場したこと。

これらが同時に重なった。

だからこそタイBLは、一作品だけの偶然のヒットでは終わらなかった。

日本からタイへ、そしてタイから世界へ

タイBLの歴史で特に興味深いのは、その文化の流れだ。

日本で発展したBL文化がタイへ渡る。

タイの若者やファンがそれを自分たちの文化として受容する。

小説になり、ドラマになり、俳優文化と結びつく。

そしてタイ独自の巨大なエンターテインメント産業へ成長する。

その作品がYouTubeやSNSを通じてアジアを越え、世界へ広がる。

そして日本にも再び戻ってきた。

いまではタイBLを見たことをきっかけにタイ語を学び、タイへ旅行し、タイの音楽や料理、文化まで好きになる人も珍しくない。

BLという一つのジャンルが、国境を越えて人と文化をつないでいる。

タイBLが世界で有名になった最大の理由は、タイが単にBLを大量に作ったからではない。

作品、俳優、ファン、SNS、配信サービスが互いにつながり、国境を越えてファンダムが成長し続ける仕組みを作り上げたからだ。

そして、その仕組みは現在も進化を続けている。

用語解説

*¹ やおい
男性同士の恋愛や性的関係を描いた、主に女性向けの漫画・小説・同人作品などを指して使われてきた俗称。
語源は「ヤマなし、オチなし、イミなし」の頭文字。1970年代から1980年代にかけて、同人誌の創作者たちが自身のパロディ作品を自虐的に表現した言葉から広まったとされる。
現在では「やおい」と「BL(ボーイズラブ)」は重なる部分も多いが、一般的には、やおいは既存作品のキャラクターを用いた二次創作・同人文化を指して使われることが多く、BLは商業作品やオリジナル作品を含めた男性同士の恋愛ジャンル全般を指す言葉として広く使われている。
タイでは日本の「やおい」という言葉に由来する「Y(ワーイ)」という呼称が広まり、現在のタイBL・Yシリーズ文化にもつながっている。

*² エコシステム
本来は「生態系」を意味する言葉。ビジネスやエンターテインメント分野では、企業、作品、俳優、ファン、配信サービス、広告など、複数の要素が互いに関係しながら一つの市場や仕組みを形成している状態を指す。この記事では、タイBLを取り巻く産業全体のつながり(経済圏)という意味で使用している。

*³ affective economics(アフェクティブ・エコノミクス)
感情経済学。ファンが作品や人物に抱く「好き」「応援したい」といった感情や愛着が、購買、イベント参加、広告価値などの経済活動につながる仕組みを説明する概念。タイBLでは、ドラマから俳優への応援、ファンミーティング、音楽、商品、広告などへ関心が広がっていく現象を考える際にも用いられる。

*⁴ ソフトパワー
軍事力や経済的な圧力ではなく、文化、芸術、観光、食、音楽、映像作品などの魅力によって、他国の人々から関心や好意を得る力のこと。タイでは近年、BL・GLドラマを含むエンターテインメントも、タイ文化や観光への関心を広げるソフトパワーの一つとして注目されている。

BLasso編集部より

タイBLの世界的な広がりは、決して一つの作品だけで生まれたものではありません。

日本から伝わったBL文化がタイで独自に育ち、作品、俳優、ファン、SNS、配信サービスがそれぞれ影響し合いながら、長い時間をかけて現在の大きな市場へとつながってきました。

そしてその広がりは、ドラマを見ることだけにとどまりません。

タイ語を学ぶこと、現地を訪れること、音楽や料理、文化に触れることへとつながり、作品をきっかけに国そのものへ関心が広がっていく例もあります。

タイBLの歩みをたどると、それは一つのジャンルが世界的に流行したというだけではなく、国境を越えて文化が行き来し、人と人との間で少しずつ形を変えながら広がってきた歴史でもあるように感じます。

これから先、タイBLがどのように変化し、どこまで広がっていくのか。その歩みもまた、ひとつの文化の記録として注目していきたいところです。

出典

Cogent Social Sciences - Socio-demographics, lifestyles, and consumption frequency of Thai ‘Boys Love’ series content

Inter-Asia Cultural Studies - Inter-Asia referencing and orientalist consideration of the transnational fandom of Thai boys’ love drama in Japan

Continuum - Thai Boys Love drama fandom as a transnational and trans-subcultural contact zone in Japan

Frontiers in Communication - Thai boys love series and idols: a new facet of soft power diplomacy in Thailand

Thailand Foundation - The Evolution of Thai Queer Cinema: The Essential List

Ministry of Foreign Affairs of Thailand - BL & GL Thai Pop Fan Meet