2016年。
タイで放送されたYシリーズは、年間9作品だった。
『Make It Right』が放送され、『SOTUS The Series』がタイ国外にも知られていった時代だ。
それから7年後の2023年。
年間作品数は67作品に達した。
2016年と比べれば、約7.4倍。
「次は何を見よう?」
そう考えていた時代から、
「どれを見るかを選ばなければならない」時代へ。
タイBLは、この10年ほどで大きく成長した。
そして今、その成長そのものが、業界に新しい課題を突きつけている。
2作品から始まった10年間
タイのデータジャーナリズムメディア「Rocket Media Lab」は、2014年から2023年までのタイYシリーズを調査している。
調査対象となった作品は、10年間で253作品。
年間作品数を見ると、この市場がどれほど急速に拡大したのかが見えてくる。

出典:Rocket Media Lab「10 ปีซีรีส์วาย : จักรวาลแห่งการจิ้นสู่การเป็นซอฟต์พาวเวอร์ไทย」
2014年と2015年は、それぞれわずか2作品。
2016年に9作品へ増え、2017年には16作品となった。
2018年には一度7作品まで減少したものの、2019年には20作品、2020年25作品、2021年37作品と増加。
そして2022年には68作品に達した。
翌2023年も67作品と、ほぼ同じ水準を維持している。
2014年の2作品と2023年の67作品を比べれば、その差は33倍以上になる。
ただし、この数字を単純に「33倍成長した」と捉えるべきではない。
作品数は市場規模や売上そのものを意味する数字ではないからだ。
それでも、少なくともファンの前に現れる作品の量が劇的に変わったことは、このデータから読み取れる。
2016年は、一つの転換点だった
2016年には『Make It Right』など男性同士を主人公とした作品が増え、『SOTUS The Series』も登場した。
Rocket Media Labは『SOTUS』について、タイYシリーズが国外で知られていくうえで重要な作品として紹介している。
一方で、当時はまだ男性同士のカップルが男女を主人公としたシリーズのサブカップルとして登場するケースもあった。
つまり、現在とは市場の姿そのものが違っていた。
それが2019年以降、大きく変わっていく。
20作品。25作品。37作品。
そして68作品。
かつて年間一桁だった作品数は、年間数十作品が生まれる規模へと変わった。
でも、私たちの1日は24時間のままだ
作品は増えた。配信先も増えた。俳優も増えた。制作会社も増えた。
けれど、一つだけ増えていないものがある。
ファンが作品を見るために使える時間だ。
年間9作品だった2016年と、年間67作品だった2023年。
すべてを追いかけようとしたときの負担は、当然まったく違う。
仮に67作品すべてが12話構成、1話45分だったと仮定すると、必要な視聴時間は約603時間になる。
もちろん実際には作品によって話数も上映時間も違うため、この数字は実測値ではない。
ただ、ここで重要なのは603時間という数字そのものではない。
供給されるコンテンツが増えても、視聴者が持っている時間には限界がある。
ということだ。
「面白い」だけでは、見つけてもらえない
選択肢が増えたことは、タイBLにとって大きな前進でもある。
作品が増えれば、それだけ多様な物語が生まれる可能性がある。
俳優にとっても、制作会社にとっても、チャンスは広がる。
しかし、供給量が増えることで別の問題も生まれる。
良い作品であることと、多くの人に見つけてもらえることは同じではない。
一つの作品が放送されている間にも、新しいシリーズが始まる。
新しいキャストが発表される。次のトレーラーが公開される。SNSでは別の作品が話題になる。
作品数が少なかった時代と比べれば、一つの作品が視聴者の注意を独占することは難しくなっていると考えられる。
作品同士が競っているのは、視聴率や再生数だけではない。
私たちの限られた「時間」と「関心」でもある。
10年間で131社
Rocket Media Labの調査では、2014〜2023年の10年間にYシリーズを制作した企業は131社にのぼる。
最も多くの作品を制作したのはGMMTVで58作品。
続いてStudio Wabi Sabiが16作品、COPY A BANGKOKが9作品だった。
ここで注意したいのは、131社が同時期に競争していたという意味ではないことだ。
あくまで2014〜2023年という10年間の累計である。
それでも、これだけ多くの企業がYシリーズ制作に関わったという事実は、タイBLが一部の制作会社だけによるジャンルではなくなったことを示している。
「全部見るファン」の時代が終わる
だからといって、
「タイBLは衰退している」
と結論づけるのは早い。
むしろ、これは市場が大きくなったからこそ起きている変化なのかもしれない。
供給される作品が少なければ、「タイBLが好きだから見る」という選択が成立する。
しかし年間数十作品になれば、
「この俳優が出ているから見る」
「この制作会社だから見る」
「ストーリーが好みだから見る」
「評判を見てから見る」
「このCPだけ追う」
といった選択が必要になってくる。
つまり、
「タイBLを見る」から「タイBLの中から選ぶ」へ。
ファンの視聴行動そのものが変化する段階に来ているのではないだろうか。
作品数ではなく、「選ばれる理由」の競争へ
2016年、9作品。2023年、67作品。
この増加は、タイBLがここまで大きくなったことを象徴する数字でもある。
しかし、市場が大きくなればルールも変わる。
作品が少なかった時代よりも、
「なぜ、この作品を見るべきなのか」が重要になる。
俳優なのか。脚本なのか。映像なのか。音楽なのか。社会的なテーマなのか。
それとも、これまでタイBLでは描かれてこなかった世界なのか。
作品が増え続けるほど、一作品ごとの「存在理由」が問われる。
10年前とは、もう違う
タイBLがまだ現在ほど巨大ではなかった時代。
ファンは、新しい作品が始まること自体を待っていた。
今は違う。
次々に発表される作品の中から、
自分が見る作品を選ぶ。
それは、タイBLが衰退した証拠ではない。
ニッチだったジャンルが大きなエンターテインメント市場へ成長したからこそ訪れた、次の段階なのだろう。
これから本当に重要になるのは、
「今年は何作品作られたか」
だけではない。
その中から、何作品が5年後、10年後にも語られているか。
作品数を競う時代の、その先へ。
タイBLはいま、
「作られる作品」の時代から、「選ばれる作品」の時代へ向かっている。
BLasso編集部より
作品が増えたことを、私たちはタイBLの成長として喜んできました。
その喜びは、今も変わりません。
ただ、年間数十作品が生まれる規模になった今、「多ければ多いほど良い」だけでは語れないところまで、この市場は大きくなったのではないでしょうか。
全部見なくてもいい。
全部好きにならなくてもいい。
ファンが作品を選ぶことは、そのジャンルへの愛が薄れたということではありません。
そして制作する側にも、ただ「次の作品」を届けるだけではなく、
何年経っても「あれは良かった」と思い出される一作を届けてほしい。
次の10年に残るものは、作品の「数」ではなく、一つひとつの作品が残したものなのかもしれません。
出典
Rocket Media Lab「10 ปีซีรีส์วาย : จักรวาลแห่งการจิ้นสู่การเป็นซอฟต์พาวเวอร์ไทย」
Rocket Media Lab「DATABASE : 10 YEARS THAI BL EVOLUTION」
※作品数・制作会社数などの統計は、Rocket Media Labによる2014〜2023年のタイYシリーズ253作品の調査を使用。
