2026年夏。
TBS日曜劇場『VIVANT』*¹が、3年ぶりに帰ってきた。
堺雅人、阿部寛、二階堂ふみ、二宮和也、松坂桃李など、豪華な俳優陣が再集結した第2シーズンでは、前作から直接つながる物語として7月26日にスタートした。
しかし、今回の『VIVANT』で注目したいのは、日本国内での盛り上がりだけではない。
物語の舞台の一部にはタイが登場し、タイで活躍する俳優・アーティストのOHMSことTanapak Jongjaiphar (タナパック・ジョンジャイパー)が新キャストとして参加した。
日本の映画・ドラマ初出演となるOHMは2016年に俳優デビュー。2022年のタイBLドラマ『I will Knock You』にも出演している。『VIVANT』ではタイの実業家、チョッキーテーパーニットを演じ、物語の重要な人物として、存在感を増している。
OHMの起用は、単なるタイ市場向けの話題作りではなかった。
制作陣はバンコクで50人以上を対象にオーディションを実施し、その中からOHMを選出した。飯島プロデューサーは、芝居の勘の良さに加え、人懐っこさや愛くるしさ、本人の純粋さや謙虚さなども決め手になったと明かしている。
前作で強い存在感を残したドラムと並ぶキャラクターとして、現地で実際に俳優を探し、約似合う人物を選んだ。
つまりOHMの出演は、「タイ人俳優を入れること」自体が目的だったのではなく、物語に必要なキャストとして選ばれた結果でもある。
だは、タイとの関係は「海外ロケをした」「タイ人俳優を起用した」だけでは終わらない。
2026年の『VIVANT』は、日本のテレビドラマが海外へ進出する方法そのものが変わり始めていることを象徴する作品になりつつある。
日本で放送された、その週にタイでも見る
タイでは2026年7月31日から、『VIVANT』第2シーズンがTrueVisions NOWの「Lemio Japanese Collention*²」で配信されている。
しかも、日本語音声にタイ語字幕をつけただけではない。
タイ語の吹替版まで用意されている。
True 側によると、日本での放送と同じ週にタイの視聴者へ作品を届ける「Simultaneous Viewing with Japan(日本との同時期視聴)」という考えからのもと展開されている。
これまで海外の日本ドラマファンにとって。「日本ではもう話題になっているのに、自分の国ではまだ正式配信されていない」という時間差は珍しくなかった。
その間にSNSから拾ってではネタバレが流れ、熱量も失われていく。
しかし、世界中の視聴者がX、TikTok、Instagramなどでリアルタイムに作品を語る時代に、その数週間度、数カ月の差は大きい。
『VIVANT』では、その差を数日単位まで縮めようとしている。
これは単なる配信スケジュールの変更ではない。
日本のドラマを「日本でヒットした作品をあとから海外へ売るもの」から、最初から海外視聴者も同じ熱量で参加するコンテンツへ変えようとする試みでもある。
実は『VIVANT』だけの話ではない
この動きはTBS日曜単独の海外戦略ではない。
2026年3月25日、NTTドコモはタイのTrueVisions NOW内に「Lemio Japanese Collention」を開設した。
背景には総務省の実証事業がある。
開始時点で参加したのは、在京キー局だけではない。地方局や制作会社を含む76社。
提供予定コンテンツは当初125タイトル・402エピソードで、その後は1,370エピソード以上まで拡大する計画が示されている。
ライナップには『海のはじまり』『おっさんずラブ』『天国と地獄~サイコな2人~』『Doctor-X』『PICU 小児集中治療室』なども含まれる。
そして7月から、さらに一歩踏み込んだ。
TBS、日本テレビ、テレビ朝日、テレビ東京、フジテレビの新作ドラマを、日本放送から大きく遅らせずタイへ届ける取り組みが始まった。
TrueVisions NOWが8月に発表したラインアップでは、『VIVANT』のほか、各局の新作が並んでいる。
つまり今タイでは、日本のテレビ局同士が自国内で競争する一方、海外市場では「日本ドラマ」という一つのカテゴリーを育てようとする動きが進んでいる。
TBS NEWS DIGは、この取り組みを『オールジャパン*3』の市場開拓と報じている。
なぜ「タイ」なのか
では、なぜ最初の市場としてタイなのだろうか。
NTTドコモは、実証事業の流通先としてタイを選んだ理由について、日本文化への愛着が強い市場であることを挙げている。
さらにドコモの担当者はTBSの取材に対し、タイでは特に若い世代が、気に入ったコンテンツを自分たちのコミュニティの中で広めていく力が強いとの見解を示している。
これは、タイのエンターテイメントを追ってきた人なら想像しやすいかもしれない。
俳優を応援するファンダム、ハッシュタグを使ったSNSでの盛り上がり、ファンミーティング、ブランドイベントなど。
とりわけBLをきっかけとしてタイドラマを見てきた日本の視聴者にとっては、作品の視聴と俳優の応援、イベント、SNSでの交流が一体化したタイ独自のファンダム文化は、すでに馴染み深いものになっている。
実際、タイではドラマそのものだけでなく、俳優を中心としたコミュニティ京成が作品の広がりを支えるケースが少なくない。
だからこそ、日本ドラマをタイで成功させようとするとき、「配信権を販売して終わり」だけでは足りない。
字幕、吹き替え、SNS、俳優、イベント。
作品の周囲にある体験まで現地化する必要がある。
『VIVANT』ではまさにそれを試している。
タイロケとOHM起用は「現地化」の一部だった
『VIVANT』第²シーズンでは、タイが物語そのものにも組み込まれている。
乃木たちがタイへわたり、新庄を追う展開が描かれ、そこにOHM演じるチャッキーが登場する。
True Corporationも、タイを重要な撮影地として使用し、タイ人をキャストに加えたことが「タイの視聴者とのより深いつながり」を生む要素だと説明している。
さらに8月29日。
バンコクで開催された「NIPPON HAKU BANGKOK 2026」には、新庄浩太郎役の竜星涼。チャッキー役のOHM、飯田和孝プロデューサーが登壇した。
会場では撮影秘話を語るトークステージだけではなく、『VIVANT』の世界観を体験するブースやスタンプラリーも展開された。
TBSの現地取材では、シーズン1から続編を待っていたというファンや、タイ人の出演だけでなく「タイが撮影地になっていることがうれしい」と話す視聴者も紹介されている。
ここで起きているのは、日本の作品をタイ語に訳して届けるという一方向の輸出ではない。
タイという場所、タイの俳優、タイのファンを作品の世界へ取り込みながら、コンテンツそのものを現地と接続している。
それでも日本のドラマには大きな壁がある
もちろんVIVANTがタイで配信されるからと行って、日本ドラマがタイで圧倒的な人気を獲得したわけではない。
むしろここからが本番だ。
TBSの取材では、タイでは『ドラえもん』『名探偵コナン』など日本のアニメは広く知られている一方、日本の実写ドラマについて知らない人も多いという現状が紹介されている。
そして、タイのドラマ市場には強力な教がいる。当然ながらタイ国内作品は強いし、韓国ドラマも長年人気を持つ。
さらに近年では中国ドラマが存在感を拡大しており」、iQYIなど中国系プラットフォーム進出、タイ語吹き替えの充実、俳優のファンイベントなど組み合わせながら視聴者を獲得している。
つまり日本ドラマが競う相手は。単純に面白いドラマっだけでは足りない。作品を発見する場所、視聴できるスピード、翻訳の質、吹き替え、SNSプロモーション。俳優の認知、ファンコミュニティまで含めたエコシステム*⁴だ。
中国や韓国は、すでにその仕組みをアジア各国で構築している。日本は今、その競争に本格的に参加しようとしている。
日本のコンテンツ産業そのものが「海外」へ向き始めた
さらに視野を広げると、今回のタイ進出は一つのドラマの宣伝戦略ではないことがわかる。
日本政府は現在、日本発のコンテンツの海外売上高を2033年までに20兆円へ拡大する目標を掲げている。
対象はアニメやゲームだけではない。実写映像、音楽、漫画を含め、海外への流通網やファンダム形式そのものへの投資を強化する方針だ。
日本のコンテンツは海外で弱いわけではない。2023年時点の海外売上高は約5.8兆円に達しているが、その成長を牽引してきたのは主にアニメやゲームだった。
放送コンテンツについても海外輸出額は拡大している一方、TBSの報道によれば。その多くをアニメが占め、実写ドラマは権利処理などの問題から海外展開が進みにくかった。
だからこそ「Lemio Japanese Collention」は重要だ。番組ごとに一作品ずつ海外へ斑馬するだけではなく、複数の放送局の作品をまとめ、現地プラットフォームに日本コンテンツの入口そのものを作る。
そこから視聴データを集め、「タイではどんな作品が見られているのか」「字幕と吹き替えではどちらが選ばれるのか」「どんな俳優が指示されるのか」を把握する。
その知見を次の作品制作や海外展開へ戻していく。今回の取組は、そんな循環を作るための実験でもある。
『VIVANT』は、日本ドラマ海外進出の実験作でもある
こう考えると。『VIVANT』第2シーズンの見え方は少し変わってくる。
作品、配信、ローカライズ、俳優、ファンダムを一体化させ、日本ドラマを海外へ届けるための一つのモデルとして見ることができる。
NTTドコモでは、タイで成功モデルを作り、それをASEAN全体へ展開することを目指していると説明している。
もしこの仕組みが定着すれば、数年後には「日本で放送されたドラマを、日本人だけが先に見る」という状況そのものが変わっているかもしれない。
日本の放送開始とほぼ同時に、バンコク、台北、ジャカルタ、マニラなどの視聴者もおなじ作品を見て、同じ週にSNSで感想を交わす。そして。日本作品にタイ人俳優が出演するだけではなく、タイの制作会社との共同制作、日本人俳優のタイ作品出演、作品を起点にとした観光やイベントなどへ広がる可能性もある。
まだそれが成功すると決まったわけではない。むしろタイでは韓国、中国、国内作品との激しい競争が待っている。
それでも2026年は1つの時代の転換点として記憶されるかもしれない。
日本とタイ、「輸出する側/される側」ではなく
タイの映像産業もまた、世界へ向かっている。
BLをはじめとするタイドラマではすでに国境を超え、日本を含む海外に大きなファンダムをつくってきた。
そのタイへ、今度は日本の実写ドラマが本格的に入ろうとしている。
これは「日本コンテンツのタイ進出」だけで捉えるより、日本とタイの映像文化が、双方向に行き来する時代の始まりとしてみたほうが面白い。
VIVANTを通して、OHMを知った日本人が多いように、タイでもドラマを通して、堺雅人や阿部寛を知った人がいる。
ドラマを通して、その境界線は少しずつ薄くなっている。
2026年VIVANTが渡ったタイ。そこで行われているのは一本のドラマの海外配信だけではない・
日本の実写コンテンツが世界のファンダムとどう出会うのか。
その答えを探す、大きな実験が始まっている。
そしてその先には、日本とタイがおなじ作品を作り、おなじ作品を見て、おなじ作品についてリアルタイムで語る未来があるのかもしれない。
これからもその変化を追っていく。
用語解説
*¹ VIVANT
TBS系「日曜劇場」で2023年に放送されたテレビドラマ。堺雅人が主演を務め、別班、公安、国際犯罪組織などをめぐる壮大な物語が描かれた。2026年には前作のラストから直結する第2シーズンが放送されている。
*² Lemino Japanese Collection
NTTドコモが2026年3月、タイの映像配信サービス「TrueVisions NOW」内に開設した、日本の実写コンテンツを集めた専門ジャンル。日本の放送局・制作会社のドラマや番組をタイ向けに提供しており、開始時には125タイトル・402エピソードを展開。順次1,470エピソード以上への拡大が予定されている。
*³ オールジャパン
特定の企業や組織だけでなく、日本の複数の企業・団体が業界や組織の垣根を越えて協力する取り組みを指す表現。本記事では、日本の複数のテレビ局や制作会社などが連携し、日本の実写コンテンツを海外へ展開する動きを指している。
*⁴ エコシステム
本来は「生態系」を意味する言葉。ビジネスやコンテンツ産業では、企業、サービス、クリエイター、ファンなどが相互につながり、継続的に価値を生み出す仕組み全体を指す。本記事では、配信・字幕・吹替・SNS・イベント・ファンダムなどが連動して作品を広げる環境という意味で使用している。
BLasso編集部より
『VIVANT』のタイ展開は、日本のドラマが海外へ届けられる方法が変わり始めていることを示す事例のひとつです。
タイでの撮影やタイ人俳優の出演だけでなく、日本での放送から大きく遅れない配信、タイ語字幕・吹替、現地でのイベントなど、作品を届けるまでの取り組みが幅広く行われています。
一方で、これだけをもって日本ドラマがタイで広く定着したと判断することはできません。
タイでは国内作品に加え、韓国や中国をはじめとする海外ドラマも数多く配信されています。作品数だけでなく、配信の速さ、字幕や吹替、出演者の認知度、SNSでの発信、イベントなど、さまざまな面で競争が続いています。
今回始まった取り組みが今後も続くのか、ほかの日本作品にも広がっていくのか。そして、タイの視聴者にどのような作品が受け入れられていくのかは、まだ長い目で見る必要があります。
同時に、日本とタイの関係は一方向ではありません。
タイのドラマや俳優はすでに日本でも多く知られるようになり、日本での配信やファンイベントも増えてきました。今後、日本作品へのタイ人俳優の出演や、日本とタイの制作会社による共同制作などが増えれば、両国の映像作品の距離はさらに近くなる可能性があります。
『VIVANT』へのOHMの出演も、その動きを考えるうえで興味深い事例です。現地オーディションを経て日本の大型ドラマにタイ人俳優が参加し、その作品が日本とタイの双方でほぼ同じ時期に届けられる。数年前にはまだ珍しかった形が、少しずつ現実のものになっています。
日本ドラマのタイ進出が一時的な試みで終わるのか、それとも新しい流れとして定着していくのか。
そして、日本からタイへ作品を届けるだけではなく、両国の俳優や制作会社、視聴者がより自然につながる時代へ進んでいくのか。
2026年に始まった動きは、まだその入口にあります。
今後の作品や配信サービスの動向とともに、その変化を見ていく必要がありそうです。
出典・参考資料
TBSテレビ『VIVANT』公式サイト
『VIVANT』第2シーズンの作品情報、キャスト・登場人物、OHM(オーム・タナパック)の出演情報など。
TBSテレビ(2026年)ORICON NEWS『VIVANT』関連記事
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※各資料は2026年9月19日時点で公開されている情報を参照しています。